十勝毎日新聞
十勝毎日新聞掲載記事 平成元年8月1日 「原因が分かった不育症 」
妊娠しても胎児が十分に育たず、妊娠早期に流産をしたり、中期や後期になって胎児の発育遅延や胎児死亡を招くケースは少なくない。
これまで胎児側に異常がない場合、原因不明とされる例が多かったが、大阪府立母子保健総合医療センター母性内科の藤田富雄医長らにより、こうした「不育症」の原因が究明され、治療法が確立された。
動脈が太くならない
同センターの母性内科は、全国でも珍しい診療科目。
糖尿病や高血圧症といった合併症をもつ妊娠の管理や治療を目的に開設された。
また、不育症の研究、治療も積極的に行っており、妊娠しても流・早・死産を繰り返す女性が全国から訪れている。
胎児側に大きな奇形があったり、染色体に異常が認められる場合、胎児が育たないことは分かっていた。
しかし、胎児側に何の異常もないのに流・早・死産を繰り返すケースの原因は、今まで突き止められていなかった。
「そうしたケースの胎盤を産科や病理検査部と協力して調べたところ、ほとんどの例で胎盤に強い虚血性変化が現れ、梗塞(こうそく)や血栓を起こしていました。
つまり血管がふさがって、胎児へ血液(栄養)がスムーズに流れていかないことが分かったのです。」
胎盤へ血液を供給する動脈は、約百~百五十本ある。
胎盤は妊娠週数が進むにつれて急速に大きくなるから、胎盤に十分な血液を供給するために動脈も太くなるのが普通だ。
ところが、胎児の発育遅延のケースでは、動脈の変化がほとんどみられなかったという。
8回目の妊娠で子宝
治療には、抗凝固薬のヘパリンを用いて血液の凝固を防ぎ、血管を拡張させて、妊娠の継続に必要な状態を出産まで持続させる。
「これまで何回も流・早・死産を繰り返してきた母親二十二人に、ヘパリンによる治療を行ったところ、全員が無事に出産をしました。
また、前回の妊娠で発育遅延の子を出産した母親にも同じ療法を行っているが、この場合も胎児の発育がよくなり、胎盤の梗塞も減少しています。」
いずれの場合も、動脈の変化が起こる前、遅くとも妊娠十六週までに治療を始めることが大切だという。
不育症のもう一つの原因として、母親の持つ自己抗体の存在がある。ループスアンチコアグラントというリン脂質に対する抗体で、これを持つ母親の胎児は発育遅延や子宮内死亡を招きやすい。
この抗体の存在を日本で初めて報告したのは同センターである。
七回の流・早・死産を繰り返したが原因が分からず、同センターで検査の結果、この抗体を持っていることが分かった三十八歳の女性は、入院治療を受けて八回目の妊娠で念願の子宝に恵まれた。
「大阪府の統計によると、昭和六十一年度の胎児死亡数は成人の死因第三位の脳血管障害による死亡数に匹敵するほど多いのです。
これまで流・早・死産を繰り返して子供ができなかった女性も、次の妊娠に備えて予防的な治療を受ければ十分に出産可能なことを認識してほしい」と藤田医長は話している。
産経新聞
産経新聞掲載記事 平成21年(2009年)1月7日 「インフルエンザワクチン」
「妊婦さんもOK」
妊娠中に高熱が出ると、胎内での循環も変化し、胎児にとって良いことではありません。
当院では妊婦さんに妊娠初期を除き、インフルエンザワクチンの接種を積極的にすすめています。
以上のような内容の院長の記事が「産経新聞」に掲載されました。
産経新聞掲載記事 平成20年(2008年)8月6日
不育症 ~ 赤ちゃんに会いたい ~
不育症の検査、治療にマニュアルはない。
そのために、不育症の治療を受けながらも流産や死産になってしまうことがある。
不信感から転院を繰りかえし、その院その院で治療方針が変わるケースは決して少なくない。
兵庫県に住む美恵子さん(35才)(仮名)は、2回流産した後、不育症外来を掲げる病院で検査を受けた。
そこで告げられた診断名は、自己免疫疾患の一つでもある「抗リン脂質抗体症候群」。
この病気は、体内で血栓ができやすくなり、妊娠すると赤ちゃんに栄養を送るための血液の流れが悪くなってしまう。
医師からは「うちの病院では出産できた人はいない。たぶん無理でしょう」と宣告された。
あきらめきれずに、病院を転院し、再度検査を受けると今度は異常なしという結果に。
「漢方薬だけ飲めば大丈夫」と言われ、服用していたが3回目も流産してしまった。
再度転院し、今度は「抗リン脂質抗体症候群」の治療によく使用される、血液の流れをよくする血液抗凝固剤「ヘパリン」を妊娠前から投与し始めた。
この「ヘパリン治療」は、1日2回の注射、または24時間の点滴を臨月近くまで投与し続けなければならない。
美恵子さんは、在宅で自分で皮下注射を行っていた。
そして4回目の妊娠。
不育症治療を行っていた病院は産科がなかったため、大学病院の産婦人科で出産することになった。
しかし、大学病院は外来で不育症治療を掲げているにも関わらず、「ここでは不育症の治療はできない」と言われ、不育症治療は元の病院で行い、妊婦健診は大学病院で行いと2つの病院に通院。昨年 11月に長男を出産した。
こうした経験を通して「インターネットなどで調べて、不育症を扱っている病院にいっても、なかなか納得できる治療を受けられなかった。
しっかりとした情報が少ない」と感じたという。
専門医不足 明確な基準なく~ 揺れる診断・治療 ~
世界に先駆けて不育症の患者に「ヘパリン治療」を行った、大阪府立母子保健総合医療センター(大阪府和泉市)の藤田富雄・母性内科部長は「私たち人間の亡くなる原因がたくさんあるのと同じように、胎内の赤ちゃんが育たない原因もたくさんあります」と説明する。
妊娠継続が困難ということを除けば、母体は健康な場合が多く、診断基準も各医師の判断に任せられているため、治療方針もまちまちになってしまうのだ。
同センターでは、こうした問題点を解消し、患者の負担を少なくするために、流産・死産してしまった赤ちゃんの流産内容物あるいは胎盤の病理検査を徹底して行う、独特の検査方法を取り入れている。
胎盤は母体から赤ちゃんに栄養や酸素を送る役割をしている。「流死産した赤ちゃんの絨毛(赤ちゃんがお母さんから栄養や酸素を受け取る組織)に、いつも同じ血栓や梗塞などがあれば、それが赤ちゃんが育たない原因だとわかります」(藤田医師)という理由から、胎盤の絨毛の検査を行っているという。
絨毛に血栓などの異常があった場合には、「ヘパリン治療」を中心に行う。
ただし自己注射ではなく、在宅でもしっかりと管理できるように携帯用のポンプ付き点滴を使用している。
薬剤を入れたバッグを肩から掛けて、ポンプで一定量点滴が落ちる仕組みで、母親は腕に点滴針を入れた状態で妊娠生活を過ごす。
藤田医師は「流産・死産した妊娠で赤ちゃんが子宮の中でどのような環境に置かれていたかを調べることは非常に重要です。
現状では、胎盤病理検査の専門医が少なく、それが不育症の検査、治療を難しくしている要因の一つでしょう」と長年の臨床・研究の経験から感じている。
(武部由香里)
産経新聞掲載記事 平成11年(1999年)6月2日 「妊娠糖尿病」
胎児にさまざまな影響及ぼす「妊娠糖尿病」
妊娠中に母体の血糖値が高くなる妊娠糖尿病。
高血糖に気づかないままでいると、胎児にさまざまな影響を及ぼすうえ、将来も母体が糖尿病になる確率が高いことが指摘されている。
食生活の変化で妊娠糖尿病を含む糖尿病全体が増えているが、早期発見、治療すれば母子ともに影響が出る割合は抑えられる。
約十五年前からこの臨床研究を続けている大阪府立母子保健総合医療センターの藤田富雄・母性内科部長は、「妊娠中の血糖値を知ることは自分の体質を知るいい機会」と注意を呼びかけている。
(和田 隆博)
妊娠糖尿病は、妊娠中に診断される糖代謝異常で、妊娠以前からのものは含まない。
昭和四十年代後半までは、「妊娠が終了すれば改善する一過性の糖代謝異常」とされ、あまり注目されていなかった。
しかしその後、病気のさまざま影響が分かり、日本産婦人科学会などは専門の判定基準を設置。
内科医とともに治療・研究がすすめられている。
もともと、母体は妊娠することによっていろいろなストレスがかかり、ホルモン分泌が変化したり肥満したりする。
藤田部長ら母性内科では、「妊娠は女性にとってのある種の負荷試験状態」というほど。逆にいえば妊娠によって、将来発病する恐れがあるさまざまな生活習慣病を予知できる機会になるという。
妊娠糖尿病はまさにその例。
妊娠中の尿や血液検査で高血糖の疑いがでれば、糖負荷検査をし、その値で判定する。
妊娠糖尿病になる割合は、妊婦全体の約二%。このうち半数が将来、糖尿病になるといわれる。
出産後に生活習慣を改善すれば、その糖尿病の発症も抑えられる可能性があるというわけだ。
とくに問題なのが、胎児への影響。
妊娠糖尿病の妊婦の場合、四千グラム以上の巨大児が生まれたり、肺や心臓などが未成熟だったりする可能性がある。また、黄疸(おうだん)が出たり呼吸状態が悪くなったり、産後に低血糖を起こして脳障害を起こすこともあるという。
妊娠初期に血糖値が高かった妊婦から生まれた子が奇形をもつリスクは、正常の場合の約十倍。
治療で重要なのが、血糖値を上げないこと。
これは一般の糖尿病と同じで、まず食事療法と運動療法がとられる。
食事は総量を減らして栄養をバランスよく取るのが基本。
同センターでは「血糖値の変動を最小限にするため、食事は少量ずつ一日分を五、六分割して食べる。
果物を含め甘いものはひかえて、ビタミンは野菜で取ること」と指導している。
運動は、流産の心配もあるので時期と方法を医師らとよく相談する。同病院でも専門の運動器具の導入を検討しているほどだ。
さらにここ十年ほどは、以前妊婦には控えていたインシュリンの自己注射による治療も実施している。
治療と並行して、血糖値の自己測定をすることも多い。
インシュリンを使わず、自己測定だけを行う場合は医療保険がきかないので、これが普及のネックとか。
藤田部長は、「健康診断を受ける機会が少ない女性の場合、糖尿病に気づくのが遅れがち。
妊婦はもちろん、妊娠しうる年ごろになった女性は血糖値を検査するなど、自発的に注意してほしい」と話している。
ペリネイタルケア
2003年3月1日 習慣流死産を捉える 医療としてどう応えるのか ~母性内科の立場から~
keywords | 不育症、子宮内環境、ヘパリン療法、胎盤、流産内容物 |
---|---|
point | 習慣性流死産の症例をみるとき、母性内科ではその原因検索として過去の胎盤あるいは流産内容物の病理所見を常に調べています。 胎児自身に異常のない場合、 母体が形づくる子宮内環境にその原因があると考えているからです。多くの症例の病理所見で虚血性変化が認められることがあり、このような症例には抗凝固療法、抗血小板療法が奏効します。 |
はじめに
母性内科は1981年、大阪府立母子保健総合医療センターが日本で最初の周産期センターとして設立されると同時に発足しました。いわゆる内科合併症を持つ妊婦の妊娠中の管理が発足当時の主な役割でありました。そして約20年を経た現在、その役割は表1にあるように大きな広がりを示しています。
母性内科の使命の一つは母児ともによりよい周産期予後を得ることであり、そのためには妊娠前からの合併症女性の管理が必須です。妊娠を迎えるにあたって、胎児にとっての子宮内環境をあらかじめ整えなければなりません。
妊娠中は母体に対してその合併症が増悪しないように内科的治療を行うが、視点を変えてみると、この治療は胎児にとっての子宮内環境を整備するための胎児治療です。また妊娠中は母体が持つ負の素因が顕性化する時期でもあり、妊娠という場はそのような負の素因をスクリーニングするところです。
分娩後は合併症女性のフォロー、また妊娠中にスクリーニングされた負の素因をフォローし、妊娠を生活習慣病予防の一つのスタート地点としなければなりません。合併症女性から生まれた児についてのフォローも重要です。母体内科疾患がもたらす子宮内環境にさらされた児が、どのような成長をとげ一生を過ごすのか非常に大切な問題です。
人の一生を左右する因子としてその人の遺伝的素因と環境があげられるが、最近では子宮内環境が重要であるとの説が有力です。先に妊娠を生活習慣病予防の一つのスタート地点と書きましたが、子宮内環境の整備こそが本当の意味での生活習慣病予防のスタート地点かもしれません。
このような役割を持った母性内科が習慣流死産をどのように捉えてきたか、その始まりから現在の活動まで以下に述べるとします。
【表1】現在の母性内科の役割(2002年11月)
母体側 | 胎児側 | |
---|---|---|
妊娠前 | 合併症女性の妊娠前管理 | 妊婦前の子宮内環境の整備 |
妊娠中 | ・合併症妊婦の内科的管理顕在化する素因の発見 ・生活習慣病予防のスタート |
・胎内環境の整備=胎児内科治療子宮内環境は健康のプログラマー ・生活習慣病予防のスタート |
分娩後 | 褥婦の分娩後管理 | 合併症妊婦から生まれた児のフォローアップ |
習慣流死産とは
本特集で述べる習慣流死産とは、習慣流産と繰り返す死産を併せたものです。習慣流産の定義は、妊娠22週未満の自然流産を3回以上繰り返すものです。一方、一般的な死産とは、22週以降に起こるものをいいます。
しかし、胎児あるいは胎児心拍が確認できてからの流産は、母親にとって死産です。編者が本特集のテーマを習慣流死産としたのは、このような意図があるのではと考えます。妊娠初期の流産を別の視点から死産と捉えたとき、その母親に対する対応も違ったものになるでしょう。
私個人の考えは、妊娠初期の流死産も 22週以降の死産も、もしかすると新生児死亡も母親にとって、また父親にとっても同じかもしれません。
母性内科では、これらをひとまとめにして不育症として扱っています。不育症とは、妊娠は成立するが妊娠初期なら流産、中期後期なら子宮内胎児発育不全、すすめば子宮内胎児死亡を繰り返す一群のものをいいます。
不育症は現在、母性内科のメインテーマの一つです。流死産の原因には胎児自身の染色体異常などによるものもあります。しかし母体が形づくる子宮内環境がその原因となる場合が多く、母体を通しての内科治療によってその子宮内環境を改善整備し、胎児を救うことが母性内科の役割であると考えているからです。
繰り返す死産の症例(母性内科不育症症例の1例目)
母性内科が不育症に取り組むきっかけとなった症例を紹介する。
1回目 | 妊娠10週 子宮内胎児死亡 |
---|---|
2回目 | 妊娠22週から妊娠中毒症発症、24週子宮内胎児死亡(児は350g) |
3回目 | 妊娠23週から妊娠中毒症発症、入院翌日に子宮内胎児死亡(児は390g) |
内科医であるわれわれにとって、この子宮内胎児死亡は衝撃だった。母体を検索しても原因は不明、唯一の手がかりを胎盤に求めた。胎盤は小さく、額面はほとんど梗塞で占められていた。死亡した児は解剖では奇形などはなく、頭だけが大きく腹部、手足はやせ細っており、胎盤からの血流不全は明らかだった。梗塞を防ぐための内科治療として選択したのがヘパリンです。幸い、母体に投与したヘパリンは胎盤には届くが胎児血流には入らない。4回目妊娠ではその初期からヘパリン持続中注入を開始、妊娠37週に反復帝王切開で2,600gの児を分娩した。この症例は、つぎの妊娠でもこの治療法で成児を得ています。
妊娠初期からのヘパリン持続注入療法は、原因不明の繰り返す死産に対する治療法として、世界に先駆けたものでした。これまで20年間で100人を超す児がこの治療で誕生しています。ヘパリン療法を考え出したきっかけとなったのは、胎児を養っている胎盤の所見です。その胎盤をこの目で見て原因を考える姿勢を常に持つことが大切です。
母性内科では発足以来これまでこの姿勢をつづけてきていますが、今後も変わらないです。産科の先生方へのお願いですが、死産症例の場合、必ず胎盤病理検査を依頼していただきたいということです。確かに、わが国においては胎盤病理に関する専門医が少ない。検査を依頼しても返ってくる所見が物足りないかもしれません。しかしわが国において胎盤病理専門医が育たない原因は、産科医からのニーズが少ないことにもよります。
ヘパリン持続注入療法について
胎児自身には何の問題もないのに、母体の持つ何らかの原因で子宮胎盤血流量が減少し子宮内胎児死亡に至る。ヘパリン療法はその子宮内環境を改善整備するためのものです。表2に繰り返す死産症例に対するヘパリン持続注入療法の選択基準を示した。
対象は、死産の原因に奇形、染色体異常、臍帯因子などの胎児側要因のない症例です。子宮内胎児発育不全の程度が強い場合、またそのために新生児死亡に至った場合なども対象となります。妊娠中に胎盤梗塞を起こすとはっきりしている疾患にループスアンチコアグラント(ループス抗凝固物質)と血小板増多症がありますが、これらの症例もヘパリン持続注入療法の適応です。胎盤の虚血性変化とは、MFI(maternal foolr infarction)に起因する梗塞、血栓、またRohr’s fibrin(massive intervillous fibrin deposition)などの所見です。ヘパリン開始時期については早いほうがよい。子宮内胎児発育不全がみられる場合、胎盤の変化はもっと以前にすでに起こっている。この場合、胎盤変化はほとんど不可逆的で、胎盤での血管変化を考えると出血傾向のあるヘパリンは危険でさえあります。
ヘパリン持続注入療法の詳細について今回は述べないが、いくつかの副作用に留意しなければならない。出血、骨粗しょう症、ヘパリン関連血小板減少症などがある。しかし最近広まってきた低分子ヘパリンは、これらの副作用が軽減されている。血栓形成に関与する抗Xa活性を主に抑制し、出血傾向は従来のヘパリンに比べ少なくなっている。使用するヘパリン量も少なくてすむので、骨粗しょう症の起こる頻度も低く、ヘパリン関連血小板減少症も少ないとされている。ただし高価で保険適応がない。これまでのヘパリンに比べ妊娠中はるかに安全に使用できる低分子ヘパリンが、妊娠という場でわが国において早く市民権を得られることを切望します。
【表2】繰り返す死産症例に対するヘパリン持続注入療法の選択基準
- 妊娠中期あるいは後期の子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡を繰り返している
- 子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡の際の胎盤で虚血性変化が強いこと
- ループスアンチコアグラント、血小板増多症の症例
- ヘパリン療法開始前に超音波検査で子宮内胎児発育不全が存在しないこと
- 本人および家族が治療の意味を理解し承諾していること
妊娠初期の習慣流死産について
不育症の観点から妊娠中期以降の死産を繰り返す症例に対する母性内科の対応について述べたが、妊娠初期の習慣流死産を経験する女性は、その数からするとはるかに多い。現在の年間出生数は約120万で、逆算すると約20万の女性が妊娠初期の流死産を経験している。挙児希望を持つ夫婦にとって、一度の流産も悲しいことであるが、繰り返す場合の悲しみは計りしれない。
表3に習慣流死産の原因と考えられている項目をあげた。しかしそれぞれの原因を指摘できる症例は限られている。流産を繰り返す症例のほとんどが、現在の医学では原因不明です。現在行われている習慣流産に対する一つの治療として、夫のリンパ球による妻への免疫療法があります。この治療の有効性を過去の多数の治療成績を照らし合わせて検討した報告※(2)があるが、その有効性はわずかで、1例の生児を得るためには11例の症例を治療しなければならないとされている。言い換えれば、妊娠維持に成功した11症例のうち、この治療が有効だっとと思われる症例は1例のみです。
ただしこの1例の掘り出しは現在では困難です。ならば医療側にとっては、どのような症例が本当の意味での治療が必要なのか、見極めることが重要となってきます。
【表3】習慣流死産の原因
遺伝的因子(胎児側素因) | 身体的因子(母体側素因) |
---|---|
・受精卵の染色体異常 ・受精卵夫婦の染色体異常 ・受精卵夫婦の染色体による劣性遺伝 |
・子宮因子 子宮奇形、子宮発育不全、子宮筋腫、子宮頸管無力症 ・内分泌学的因子 黄体機能不全、高プロラクチン血症、甲状腺機能異常、糖尿病 ・免疫学的因子 自己免疫疾患、同種免疫異常 ・凝固学的因子 抗リン脂質抗体、血小板異常、各種凝固因子異常 ・精神学的異常 流産関連ストレス |
母性内科における習慣流死産に対する一つの対応、アプローチ
習慣流死産の症例を2例紹介する※(3)
第1例当センターを受信するまで12回の流産を繰り返していた。原因として検索した夫婦染色体、子宮卵管造影、抗リン脂質抗体などはすべて正常であり、治療として免疫療法、低用量アスピリン、副腎皮質ホルモンなどが行われていた。
第2例当センターを受診するまで8回の流産を繰り返していた。この症例も同じような経過です。
この2例いずれも、そのほとんどの流産が胎児を確認できてからの死産です。母性内科では妊娠中期、後期に繰り返す死産の症例への対応で胎盤検索に重点を置いてきた。妊娠初期といえども死産であり、胎児への栄養、酸素を供給している絨毛に何か変化があると考えるのは当然です。
第1例の子宮内容物での病理所見はPVFC(perivillous fibrinoido change;絨毛周囲フィブリン沈着)であった。無治療のループスアンチコアグラントの胎盤によくみられる所見です。第2例の子宮内容物の病理所見は Rohr’s fibrinであり、この所見も妊娠中期、後期に繰り返す子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡に時にみられる所見です。まだ胎盤も完成していない時期、トロホブラストが脱落膜に降りていくこの時期にこれらの所見を認めた。しかも第1例も第2例もいずれも、それぞれどの妊娠においても同じ所見を繰り返している。
前の章で、どのような症例が本当の意味での習慣流死産か見極めることが重要であると述べたが、流産時の子宮内容物の病理所見はその見極めに大きな助けになると考えている。なぜこのような病理所見がでてくるのか、その原因は現在まだわかっていない。この所見は結果であろう。ただこの絨毛の虚血性変化によって胎児が死を迎えたであろうと考えるのは容易です。
母性内科では、この2つの症例に抗凝固療法として妊娠初期から低分子ヘパリン持続注入を行い、2つの症例ともに生児を得た。
一般的に流産時の子宮内容物の病理所見は「そこに絨毛があるか、その絨毛は悪性変化があるのか」で終始している。しかしそこには先に述べたような所見のほかにも数々の情報が詰まっている。それらは人工流産時にはほとんどみられないものです。
おわりに
いろいろの合併症妊娠をみるうえで、母性内科で最も大切にしていることは胎児にとっての子宮内環境を整えることであり、言い換えれば胎児の立場にたって治療をすることです。
習慣流死産の症例をみるときも、前の妊娠ではそのときの胎児はどんな環境におかれていたのか、それを知る手だては胎盤(子宮内容物)しかない。わが国における不育症治療の発展には胎盤専門医の育成が鍵を握っているだろう。
※参考文献
(1)Knudsen,UB,et al,Prognosis of a new pregnancy following previous spontaneous abortion. Eur.J.Obstet.Gynecol.Reprod.Biol.39(1),1991,31-6.
(2)The recurrent miscarriage immunotherapy trialiats group. Worldwide collaborative observational study and meta-analysis on allogenetic leukocyte immunotherapy for recurrent spontaneous abortion. Am.J.Reprod.Immunol.32,1994,55-72
(3)Miyashita,Y.et al. Successful pregnancy with low molecular wcight heparin in two women with recurrent miscarriage of unknown etiology.Am.J.Reprod.Immunol.48,2002,inpress.